『海賊とよばれた男(下)』百田尚樹著

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出光興産の創業者・出光佐三氏をモデルにした歴史経済小説。異端の石油販売会社・国岡商店を一代で築き上げた国岡鐵造の後半生を振り返る。

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石油メジャーとの闘い

昭和22年11月、国岡商店は外油や石油配給統制会社などの策謀を乗り越えて「石油販売店」の指定を得て石油販売業務をようやく再開した。

しかし、その後もセブン・シスターズと呼ばれる欧米の石油メジャーによる国岡商店への圧力はとどまることなく続いたが、屈することなく「石油元売会社」の資格も獲得した。

そして、国内外の石油会社13社による包囲網で窮地に立たされたが、鐵造は起死回生の「刀」となる自前のタンカー建造をようやく実現した。「日章丸」と名づけた巨大タンカーを手にした国岡商店は良質で安価なガソリンを国内で初めて大量に販売し、大きくシェアを伸ばした。

日章丸事件

しかし、飛躍の時期も束の間、石油メジャーは国岡商店の輸入元に圧力をかけて次々と取引停止に追い込んで妨害した。これに対して鐵造は、石油を国営化したばかりのイランからの輸入を画策。イランからの輸入には、旧支配国であるイギリスによるタンカーの拿捕や日英の外交問題に発展する恐れもあり、困難を極めたが、イラン政府と極秘裏にタフな交渉を行い、契約を成立させた。そして、日章丸をイランへ送り込み、船長ら乗組員の活躍もあって輸入を成し遂げた。「日章丸事件」といわれるこの出来事は、国際石油カルテルの一角に日本の小さな石油会社が堂々と勝負を挑んだとして戦後復興を始めた日本人に大きな希望を与えた。

晩年〜日本人の誇りを取り戻す闘い

その後起こったイラン革命によりイランの石油は再びメジャーに支配されたため、鐵造は打開のために国内に原油を精製できる製油所の建設を決断する。当初建設に2年半はかかるといわれたが、鐵造の命令で10ヶ月で完成させるよう難題を課された。責任者の東雲を中心に、国岡商店の社員や建設会社、土木会社などが一丸となって働き、10ヶ月という驚異的なスピードで完成させた。

製油所を得たことにより国岡商店は石油販売シェアを大きく伸ばし業界2位に躍り出た。その後も日本初のシー・バースの建設やソ連からの原油の輸入、石油連盟の脱退、不当な生産調整規制を振り切ってフル生産を再開するなど、日本の復興と繁栄、そして日本人の誇りを取り戻すための闘いを続けた。

鐵造は81歳で社長の座を退いた後も「人間尊重の精神」と「日本人の美徳や誇り」の大切さを訴え続け、昭和56年3月、95年の英雄的な生涯を全うした。

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