『海賊とよばれた男(上)』百田尚樹著

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出光興産の創業者・出光佐三氏をモデルにした歴史経済小説。異端の石油販売会社・国岡商店を一代で築き上げた国岡鐵造の前半生を振り返る。

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敗戦、ゼロからの出発

戦前、活動の拠点の大半を満州、中国、フィリピン、シンガポールなどの海外に置いていたため、終戦と同時にすべての資産を失うことになった国岡商店。さらに異端が故に大手石油会社から排斥されていたため、国内で販売する石油は全く手に入らなくなってしまった。そんな絶対絶命な状態でも、鐵造は社員1人の馘首(リストラ)も禁じ、漁業、農業、印刷工場、ラジオ修理などあらゆる業種に乗り出して必死に会社と社員を守った。

また、他競合会社が困難がゆえに手を出さなかった旧海軍のタンクの底にたまった油を浚う仕事も請け負い、幹部を含む社員が一丸となって取り組んで危機をしのいだ。

さらに、GHQから公職追放の罪を着せられた際も、GHQ相手に臆することなく、正々堂々と無実を主張して結果、汚名を返上した。また、鐵造と対立していた利権に塗れた石油配給統制会社からは様々な嫌がらせにあいながらも、決して折れることなく、「士魂商才」の精神を貫き、石油の販売業者の指定を勝ちとった。

生い立ちと石油との出会い

国岡鐵造は福岡県宗像郡赤間村(現宗像市)に生まれた。父は藍玉の仕入れ販売を手がけており裕福な家だったが、父からは「勤勉」「質素」「人のために尽くす」の三つの柱を叩き込まれた。

そして、神戸高商(現神戸大学)に進学し、商人を志すことになる。三年生の夏休みの東北旅行で開発されたばかりの秋田の油田を訪れ、石油との運命的な出会いを果たした。そして、石炭の全盛時代に石炭産業の衰退と石油の時代の訪れを予感した。その後、巨大商社を蹴って、小麦と機械油を扱う従業員わずか三人の小さな酒井商会に就職した。就職後は必死に働き、約3年後には単身で台湾に乗り込み百を超える得意先を開拓するなど頭角を表した。

独立、国岡商店の旗揚げ

しかし、台湾の帰りに実家の没落を知り、神戸商高時代の良き理解者だった日田重太郎の資金援助もあり独立を決意、門司に家族を呼び寄せて国岡商店を旗揚げした。

最初は商いはなかなか軌道に乗らなかったが、顧客のモーターに適した油を調合して販売することを思い付き、それが評価されて徐々に実績を作っていった。その後も紆余曲折はあったが、海上給油などの奇策も奏功して船の燃料としての販路も大きく広げた。

海外進出と戦況の悪化

そして、満州進出時はアメリカのメジャー相手に寒さに強い石油を開発して満鉄に提案し受注を勝ちとった。その後、欧州戦争や世界恐慌、昭和金融恐慌時の銀行による融資回収の影響で何度も倒産の危機を迎えるが、鐵造の常に消費者の利益を重視した考え方や社員の懸命な働きぶりが銀行をも動かして乗り越えることができた。

その後の日中戦争のさなか、上海に巨大なタンクを建設するも、軍からの借用の要請があると「国家に奉仕したい」と無償での貸与を申し出た。そして、太平洋戦争に突入後は南方における民需への供給体制を軍より任された。しかし、戦況は徐々に悪化しついにポツダム宣言を受諾し戦争は終わった。

(下巻につづく)

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