2018年大河ドラマが「西郷どん」に決定!記念して維新前夜の鹿児島の史跡を紹介

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先日、2018年のNHK大河ドラマに明治維新の立役者・西郷隆盛を主人公にした『西郷(せご)どん』が決まったとの嬉しいニュースがありました。

大河ドラマ(第57作)『西郷(せご)どん』
【原作】林真理子 × 【脚本】中園ミホ

明治維新から150年、2018年大河ドラマの主人公となるのは男にも女にも“日本史上最もモテた男” 西郷隆盛です。

明治維新のヒーロー・西郷隆盛には、肖像写真が一枚も残っておらず、その生涯は謎に満ちています。

西郷は3度死んだ男。2度の島流し、3度の結婚を経て、類まれな「勇気と実行力」で徳川幕府を転覆し、維新を成し遂げますが、最期は明治新政府と戦い命を散らします。

その素顔は、脇は甘く、愚直でうかつ。けれど、彼に出会ったものは皆、西郷が好きになり、愛嬌あふれる男の周りには、いつも“笑いと愛と波乱”が満ちています。

極貧の家に育った男は「すべての民が幸せに暮らしてこそ日本国は強くなる」と信じ、人を愛し、故郷を愛し、国を愛し、民を愛し・・・“見返りを求めない愛”を与え続けました。
人は親しみを込めて、男を『西郷どん(セゴドン)』と呼びました。

2018年、「勇気と実行力」で時代を切り開く“愛に溢れたリーダー”が、日本の日曜よる8時に元気をお届けします。

(引用:NHKホームページ)

ちなみに、「せごどん」は鹿児島弁で「西郷さん」を地元の人が尊敬と親しみを込めて呼ぶ方言です。選考された理由として、2017年が西郷隆盛の没後140年、2018年が明治維新150年の節目の年にあたるからとのことです。

大河ドラマで鹿児島が舞台になったのは1990年の「飛ぶが如く」、2008年の「篤姫」以来で、篤姫放映の年は鹿児島県内で262億円の経済効果があったとの調査(鹿児島地域経済研究所調べ)もあり、再来年の放映も鹿児島県民にとっては今から待ち遠しいところです。

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維新前夜の鹿児島の史跡を巡るまち歩き

以前、鹿児島市街地を東西に流れる甲突川(こうつきがわ)河岸周辺に点在する明治維新前夜の史跡を観光しながら走れるランニングコースをこのブログで何回かに分けて紹介したことがありました。今回はそれらを再編集して西郷どんの生きた幕末の鹿児島の史跡を紹介したいと思います。

甲突川の河口、天保山周辺

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まずは甲突川が錦江湾へと注ぐ河口付近に位置する天保山周辺にある史跡を紹介します。

①坂本龍馬新婚の旅碑


まず、最初に訪れたのは「坂本龍馬新婚の旅碑」。慶応2(1866)年、寺田屋事件で左手に深手を負った坂本龍馬が西郷隆盛のすすめで妻・おりょうと来鹿した際、温泉療養の傍ら霧島山・日当山温泉・塩浸温泉・鹿児島などを共に巡った旅が日本最初の新婚旅行とされています。坂本龍馬と鹿児島が新婚旅行のルーツだったのは驚きですね。交通機関がない当時は、江戸や京から遠く離れた鹿児島は異国の地だったのではないでしょうか。そして、二人が鹿児島の地を訪れて今年(2016年)でちょうど150年目にあたります。

②共月亭


坂本龍馬新婚の旅碑の目と鼻のさきに位置する天保山公園内にある「共月亭」。1982年10月に鹿児島市が中国の長沙市と友好都市になったのを記念して建てられたもので、「両市民が同じ月を眺め友好を深めよう」という願いを込めて「共月」と名付けられたらしいです。国家間は緊張関係が続いていますが、「共月」の精神でお互い歩み寄ってほしいものです・・・

③薩英戦争(天保山)砲台跡


共月亭と同じ天保山公園内にあるのが「薩英戦争(天保山)砲台跡」。文久3(1863)年の薩英戦争では、7月2日正午、この砲台の砲撃で戦争の火ぶたが切っておとされました。今では砲台の台座の一部が残っているようです。

戦況は薩摩が大敗したイメージがありますが、人的被害はそうでもなく、イギリス艦隊側の損害が大破1隻・中破2隻、死傷者63人に対して、薩摩側の死傷者は20人弱だったようです。ただ、物的被害は甚大で砲台などの軍事施設を中心に市街地の10分の1が焼失したようです。

この戦争がきっかけで薩摩は「攘夷」から西洋文化の導入に舵を切り、やがて「倒幕」につながったので日本の歴史の大きなターニングポイントになったのは間違いないようです。

④調所広郷銅像


天保山公園を出て松林沿いを北西に少し進むと「調所 広郷(ずしょ ひろさと)の像」がひっそりと建っています。調所 広郷は江戸時代後期の薩摩藩の家老で、当時、500万両(現在で1,500億〜2,500億円)におよぶ借金を抱えて破綻寸前だった藩の財政を建て直して、250万両の蓄えを作るまで劇的に回復させたと言われています。

幕末に薩摩藩が最新鋭の銃や大砲、蒸気船などを武器に明治維新の原動力になった背景には、調所 広郷による財政改革で豊富な資金が蓄えられたことが大きな要因だったと言われています。

⑤島津斉彬公御陣屋跡


さらに北側に進むと、「島津斉彬公陣屋跡」の碑があります。この一帯は天保山調練場として洋式調練や砲術、騎兵、工兵などの訓練が行われたところで、島津斉彬公もここで将兵を閲兵したり、各種の訓練を見学したりしてその育成につとめたとのことです。

武之橋〜鹿児島中央駅周辺



天保山を過ぎた辺りから甲突川沿いの両岸には公園や遊歩道が整備されているので季節折々の花や雄大な桜島の姿を楽しむことができます。また桜の季節は花見客で賑わいます。

①松方正義像


鹿児島出身ながら意外と知られていないのが松方正義。明治初期に内閣総理大臣を2度、大蔵大臣を7度務め、日本銀行の設立や金本位制の確立など、財政面で大きな業績を残した政治家です。

銅像の台座には松方正義の政治信条『我に奇策あるに非ず、唯正直あるのみ』が刻まれてありました。派手さは無いながらも、実直に働いて大きな功績を残した松方本人を象徴している言葉のように思えました。


松方正義像のすぐ側にはオーケストラをイメージしたモニュメントが建っていました。周囲の木々と甲突川のせせらぎがマッチしていてさながら野外コンサート会場にいるような雰囲気でした。どうせなら人感でクラシックが流れたりしたらよいかも(笑)

②西郷南洲翁宅地跡


ナポリ通りを鹿児島中央駅方向に数百メートル進んだところにある共研公園の北側の入り口に「西郷南洲翁宅地跡」の碑が建っています。この宅地は西郷隆盛が29歳の頃移ってきた場所で、その前々年に祖父、父、母を相次いで失ってしまい、加治屋町の屋敷を売って借金の返済にあてた後、移り住んできたと言われています。

ここに居住していた時期に藩主・島津斉彬に才能を認められて歴史の表舞台で活躍するも、斉彬の急死によって失脚し、僧月照と入水自殺を図った後、奄美への流刑を経験するなど西郷隆盛にとっても波瀾万丈な時代を過ごした家だったようです。おそらく大河ドラマでもこの地での生活の様子が描かれるのではないでしょうか。

③若き薩摩の群像


鹿児島中央駅の東口広場には「若き薩摩の群像」が観光客を出迎えるように建っています。この群像は、薩英戦争で西欧諸国との圧倒的な文明の差を痛感した薩摩藩が、慶応元年(1865年)に英国に秘密裏に派遣した19名の留学生をモチーフに建てられたもの。

その中には寺島宗則、五代友厚、森有礼など明治期の外交・文教・産業等の分野で大活躍した人物らが含まれており、この薩摩藩英国留学生が新生日本の正に原動力になったと言えます。

彼らが出航したいちき串木野市羽島に「薩摩藩英国留学生記念館」がオープンしたのでこちらも訪ねてみては。

2014年7月いちき串木野市は、幕末の薩摩からイギリスへ密航し、帰国後はさまざまな分野で日本の近代化に貢献した薩摩藩英国留学生の生きざまと功績を顕彰する「薩摩藩英国留学生記念館」を開館します。

多くの偉人を輩出した甲突川周辺

甲突川左岸の加治屋町周辺は西郷隆盛や大久保利通など幕末から明治に活躍した偉人たちが生まれ育った地区なので多くの史跡が残されています。

①大久保利通銅像


西郷隆盛、木戸孝允と並び「明治維新の三傑」と称される大久保利通の没後100年を記念して昭和54年(1979年)に彫刻家中村晋也氏によって制作された銅像。写真を撮った時は気づきませんでしたが、像の足元には、大久保が暗殺された際に一緒に亡くなった馬車夫と馬の像も彫られているようです。

また、案内板には座右の銘である「為政清明」(政を行う者は清らかであるべしという意味)と記されていました。この言葉通り、大久保は国家予算が足りない部分に私財を投じて補填したりしていたため、死後には財産はほとんどなく、膨大な借金(現在の金額で約2.4億円程)が残ったと言われています。豪傑で人情味のある西郷隆盛と比べると、合理主義で冷血なイメージのある大久保利通の人気は低いですが、日本の近代化に及ぼした影響は計り知れないほど大きかったと言えます。

②歴史ロード“維新ふるさとの道”


大久保利通銅像の道路向かい側に「歴史ロード“維新ふるさとの道”」の入り口があります。ここから甲突川沿い500メートル程が市民や観光客が歴史を感じながら散策できる空間「歴史ロード“維新ふるさとの道”」として整備されています。

③維新ふるさと館

鹿児島の歴史を知る上でぜひ立ち寄ってもらいたいのが、「維新ふるさと館」。館内では、鹿児島の歴史や先人たちの偉業などを、映像・ジオラマ(模型)・ロボットなどハイテク技術を使った多彩な展示・演出によって楽しく分かりやすく紹介されています。

特に地下1階の維新体感ホールで上映される2つのドラマ「維新への道」と「薩摩スチューデント、西へ」は何度か見ましたが、西郷隆盛や大久保利通、坂本龍馬などの等身大ロボットが喋り出すなどリアルな臨場感があってともて見ごたえのある歴史ドラマでした。

【維新ふるさと館】
鹿児島県鹿児島市加治屋町23番1号
料金:大人(高校生以上)300円、小人(小・中学生)150円
営業時間:9:00~17:00(入館は16:30まで) 年中無休

④西郷隆盛・従道誕生地

維新ふるさと館の北側、道路を渡った一角に「西郷隆盛・従道誕生地の碑」が建っています。西郷兄弟はこの地で幼少〜青年期を過ごした後、祖父・父・母を相次いで失ったため、この地にあった屋敷を売って借金を返済して、先述した中央駅近くの「西郷南洲翁宅地跡」に越して行ったと言われています。

次回予告と参考サイト

今回は甲突川周辺を中心に史跡を紹介しましたが、鹿児島市内には他にも西郷隆盛銅像や鶴丸城跡、城山の西郷洞窟や南洲神社、仙巌園など多数の史跡があるのでまた次の機会に紹介したいと思います。

明治維新150年”維新のふるさと鹿児島市”

明治維新150年を記念して行われる様々なイベントや取り組みを紹介。

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